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東京での目的もなく漫然とした生活から目覚めて静岡の実家へ帰ることを決意したこと

2020 7/09
東京での目的もなく漫然とした生活から目覚めて静岡の実家へ帰ることを決意したこと

音楽の道を諦め、より現実的なことを意識しながらも、変化のない生活を送っていた僕。

20代も後半に差し掛かり、年齢からくる焦りも感じながら「これではまずい」と何かを変えなきゃなぁと言う心境になっていった時期でした。

この頃気ままな東京での生活を捨てて静岡の実家へ帰ると決めるのですが、そこへ至るまでのエピソードをまとめています。

目次

小さい頃の夢は漫画家になることだった

誰にでも言えることだと思いますが、世が世なら著名人として活躍していたはずだ…と思える分野が僕にもありました。

それは「絵を描くこと」です。

覚えているのは、5歳の頃に絵を描くのが得意になったこと。

当時好きだったアニメ「銀河鉄道999」の機関車と客車を立体的に描くことができるようになった時期です。

一つ年上の子が描いていた電車の絵を見て「自分の絵と何かが違う」と感じたのを覚えています。

その子の絵には「電車の屋根」が描かれていました。

それを取り入れただけですが、当時の目には革命的な出来事でした。

その後、小学校1年生の頃の授業で牛の餌を書きに牧場へ行った際に、先生に画用紙いっぱいに大きな構図で書くことを習ったのも衝撃的だったんですが。

学校では、国語や算数のような授業の間には漫画を書いていました。

漫画は4コマが基本でしたが、徐々にエスカレートしていき、ノート1冊丸ごと使った大作を作ることも。

小学校には僕以外にもう1人「ツヨちゃん」と言う友人も同じように絵が上手く、一緒に漫画を描いていました。

単に形を描くのであれば僕の方が上手かったなぁと思いますが、彼には独特なタッチとストーリーのセンスがあつたような気がします。

小学校4年生頃には、50分間の授業中に2作品程度短編漫画を描くようになっていて、とにかく早くたくさん漫画を描くことを大事にしていました。

その頃には当然将来は漫画家になると決めていましたが、両親はそんな考えは早くやめてまともに勉強して欲しいと思っていたようです。

そんな気持ちがよくわかっていたので、漫画を描く事は悪いことだと思っていました。

中学3年生の頃、進路をどうするか考えた時期があり、美術の先生には美術デザイン科のある高校を勧められたんです。

ですが、僕が選んだのは普通高校への道でした。

人生の分岐点だったと思います。

結果的には、それでよかったのですが、絵の道へ進んでいたらどうなっていたのかなと思ったり思わなかったり…。

宮脇檀の本を読んで衝撃を受けた理由

大学を中退して、某商社で契約社員として簡単な事務作業をこなす日々を送っていた話に戻ります。

友達のあっくんが通う建築デザイン系専門学校の課題を手伝うと言うのがちょっとした日課になっていました。

そんな中、学生の1人「達哉」が持っていた本をいたずらにめくっていた時のこと。

その本に描かれているイラストに目を奪われたんです。

今思えば鳥瞰図なのですが、当時はそれが技法だとは知らず、変わった構図の絵だなぁと感じました。

鳥瞰図と言うのは部屋を立体的に真上から見た絵ことです。

その本にはフリーハンドで描かれた鳥瞰図を始め、地面スレスレの目線から描かれた建物外観やCADを使ったと思われる本格的な平面図、建物の詳細な断面である矩計(かなばかり)図などがたくさん掲載されていました。

フリーハンドの絵は線がかなりヨレていて、一見雑に思えますが全体的にはまとまっていて魅力的でした。

これは、よれているのではなく意図的に線に揺れを持たせて短く区切りながら、結果的に線の位置を正確に出す技法です。

こうしたフリーハンドの絵がたくさん載っているために、一見難しい印象の建築に関する文章が非常にわかりやすく、入ってきました。

この時に見ていた本は「目を養い、手を練れ」と言う題名で、著者は宮脇檀と言う人でした。

当時は知りませんでしたが、この人は日本を代表する住宅作家で、現在の建築家たちに大きな影響を与えた人物です。

彼の作る住宅は、デザインは独特ですが間取りが合理的で、なぜこういう形をしているのかの根拠が明確でした。

何にでも理由があってそういう形をしているわけで、そのようなうんちくをまとめた書籍がいくつもあります。

それからと言うもの僕は宮脇檀さんの本を見つけるとすぐ買って読み漁っていきました。

宮脇さんは東京芸大の建築を出て東大の大学院工学系を修了、ライターの仕事をしながら一休建築士の試験に合格してすぐに事務所を設立。

ボックスシリーズと呼ばれる混構造の住宅作品が有名です。

僕は「菅野ボックス」が1番好きで、いつかあんな家を設定してみたいなと思っています。

宮脇さんは建築の実務だけでなく、エッセイ集や出張先で滞在したホテルの実測図などを集めた書籍も数多く出版されているんですよ。

ちょっと上から目線な部分はありますが、自信たっぷりな語り口が僕は好きですね。

椅子のコレクターでもあり、料理好き、ファッションや新しいものにも敏感と言うおしゃれなおじさんだったようです。

僕にとっては住宅や建築の仕事と言うのは、大変なだけでつまらない仕事と言うイメージでした。

しかし、宮脇さんの本を読んでそれが一変しました。

小さな頃から好きだったイラストを使いながら、楽しくわかりやすく解説していくスタイルは、すごく素敵で魅力的な仕事に感じたのです。

宮脇檀さんの「目を養い、手を練れ」をあの時見ていなかったら間違いなく住宅の仕事はしていませんでしたし、おそらく静岡に帰ることもなかったでしょう。

お客さんに面白い提案をしようという考え方で仕事ができているのはあの本のお金ですし、それだけ衝撃だったと言うことです。

生まれて初めて就職活動をしてみた結果

僕は27歳になるまで就職活動と言うものをしたことがありませんでした。

高校を出て一浪して、大学も中退してますから、通常の就職活動はする機会がなかったんです。

ですがその27歳で初めて就職活動してみました。

面接に応募した会社は東横建設と言う住宅を主に作っている会社です。

当時の僕はもちろん建築関連の経験はありませんでしたし、学歴も一切ない素人でした。

宮脇檀の本を何冊か読んだだけです。

CADも使ったことありませんし、家の図面もほとんど書いたことありません。

スケール感も全くもって備わっていませんでした。

今考えれば無謀ですが、当時は家の中の物の寸法なんてすぐ覚えるし、CADの操作なんてAdobeイラストレーターが使えれば簡単だろうなんて思っていたんです。

宮脇さんの著書の語り口よろしく自信満々な感じで面接を受けました。

結果は当然不合格。

しかし担当者がわざわざ電話をくれて、実際結構悩んだと言ってくれました。

実績よりもやる気を見込んで一緒に働くことも考えたそうです。

ですが、どうしても即戦力が必要だったと言うことで、他の応募者に決めたんだとか。

不合格でしたが、嬉しかったですね。

建築業界で働く人と触れ合うことができたし、自分の意気込みも伝わったと言うのがその後につながった気がしました。

その後、ビッグフット(現在のBESS)を展開するアールシーコアと言う会社も応募しましたが、書類選考で落ちています。

当時の僕が思い描いていた設計の仕事に近い求人に、素人の中途の人間がそう簡単に採用されるわけはありません。

普通なら建設会社や工務店で営業日現場監督として働きながら実務を覚え、建築士の資格を取ってつく仕事です。

ですが住宅営業や、現場監督の見習いの仕事なんて大変すぎて、その向こうにある設計者として素晴らしい提案をお客さんにするという目標は忘れて挫折するのが関の山。

そういった規定路線以外にも、絶対に設計者になれる道があるはずだといろいろなことに考えをめぐらせていました。

親の会社にホームページが無い事実に驚愕

僕がおくればせながら就職活動をしていた頃、すでに世の中はインターネットが普及し、買い物の前には必ずネット検索するのが当たり前となっていました。

ワンルームのアパートを探すにも、不動産業者のサービスをネットで使って部屋を検索したり、就職活動するにもネットで求人を探した時代です。

ネット検索に出てこない会社と言うのは「存在しない」のと同じ意味ですから、起業したとして最初にすべき事は(いや起業する前にすべきですが)ホームページ作成でしょう。

ですがそんな時に僕の父親のやっている住宅外車にホームページがないということがわかったのです。

衝撃でした。

業績が悪くて潰れそうだと言う事は聞いていましたので、ホームページがないというのがまさにその理由なのではないかと思いましたね。

率直にそのことを父に伝えたところ、じゃぁ戻ってきて会社に入って手伝ってくれないかとなったのです。

これまでなら間違いなく断ったところですが、音楽の道を諦め、建築デザインの仕事の魅力を感じていたタイミングでした。

父本人もまさか本当に帰ってくると言う返事が来るとは考えていなかったもんだと思います。

そういったいろいろなことが重なるタイミングで物事は動くと言う事ですね。


と言うことで、甚だ大げさな書き方でした、東京から静岡に帰る決意に至ったエピソードを紹介しました。

東京から実家に戻った人に共通して言えることですが、帰ったからといって楽な生活が待っているわけではありません。

自分の実力のなさ、我慢弱さなど痛感することに。

次回からは「出戻り編」と言うことで、宅建の資格1つで住宅業界に殴り込み(&返り討ち)です。

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